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義母の転院が私を追い込んだ、見えない闇の一年

結婚してから一年ほど経った頃、夫の実家に同居していた義母が、コンクリートの階段から転落してしまいました。足は骨折し、左腕は粉砕骨折、右手首も折れ、頭部まで大きく損傷していたため、手術で金具を入れなければならない重症でした。リハビリが必要になり、転院を検討したのですが、受け入れ先が見つからず、義兄の妻から「あなたが働いている病院で面倒を見てもらえないか」と懇願され、仕方なく病院に頼み込みました。

私にとっては、義母は片手で数えるほどしか会ったことのない人でした。そのため、病院側と義母側の両方に配慮しなければならず、毎日が板挟みのように苦しかったです。転院が決まってからは、義兄と義兄嫁は全く手伝わず、むしろ見舞いすら来なくなりました。私が職場に行くたびに、義母は「早く家に帰りたい」と泣き訴えましたが、義兄からは「無理だ」と返事が返ってくるだけでした。

車椅子が必須になった義母の世話は本当に大変でしたが、家は義母の所有物で、介護認定も下りているのでヘルパーを雇う権利があるはずでした。にもかかわらず、リフォームすら拒まれ、義兄からは「余計なことはしないでくれ」と遠回しに言われ続けました。最終的に、病院に併設されていた介護施設へ義母を移すことにしましたが、家に帰れないことがストレスとなり、認知症のような症状が現れ、私に対して罵倒や暴力まで振るうようになってしまいました。周囲の目も冷たく、義母のような入居者は嫌われがちだと痛感しました。

症状は次第に悪化し、頻繁に高熱が出るようになり、怪我した部位も腫れ上がって動けなくなりました。麻酔が効かない状態での治療は不可能だったため、最終的に彼女は旅立ちました。正直に言うと、死んでしまったときはほっとした自分がいました。夫は悲しみに沈み、私の実家は激怒していましたが、実質的に私一人で義母の最期まで看取りました。

葬式が終わってすぐ、義兄から「私たちがずっと同居していたから遺産は俺たちのものだ」と言い放たれ、夫はそれを受け入れるかのように「遺産放棄でいいか?」と私に聞いてきました。私は病院の請求書と離婚届を夫に手渡し、全てを投げ出す決意を固めました。怒りと絶望の中で、夫や義兄・義兄嫁を八つ裂きにしたいと思ったこともありましたが、実の両親が止めてくれました。彼らは私を迎えに来て、夫から引き離し実家へ連れ戻してくれました。そのとき、うつ状態になっていたことに気づき、母に付き添って弁護士事務所へ行き、必要書類を揃えて夫と義兄に送付しました。あとは弁護士任せで、私はうつの治療に専念しています。

今でも心の中に残る怒りは消えません。カウンセリングで「義兄嫁も同じ立場だった」と言われても、受け止めきれずに苛立ちが募ります。義兄は高校時代から実家に住み続け、夫が若くして婿入りしたのに、介護の全てを押し付けた理由がわからない。遺産の話でも、私がどれだけ頑張っても認めてもらえず、最後まで何の報いも得られなかったと感じています。そんな思いが「金が欲しいのか」と罵倒されるたびに、胸が締め付けられます。今は、恨みを手放し、少しでも前に進めるように自分を許すことだけが唯一の目標です。

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